発表! 南山舎やいま文化大賞 第8回受賞作品

厳正な審査の結果、第8回「南山舎やいま文化大賞」は以下の作品に決定いたしましたのでお知らせします。

大賞 川平 成雄

「台湾引き揚げの軌跡」

kabiranario
【本著作のテーマ】
戦後の台湾引き揚げの実相を明らかにしようとする論文である。故牧野清氏の資料集の中から「台湾引き揚げ」関係文書を見いだし、これによって台湾引き上げが如何にしてなされたか、そして、八重山に引き揚げてきた人々をみまったその後の苦難を描いている。八重山戦後史の一つとして特筆される問題を明らかにしようとした著作である。

【講評】
 「やいま文化大賞」に決定した「台湾引き揚げの軌跡」について、選考委員会の議論も交えて講評する。
 本著作は、台湾引き上げ実現の実態とその背景を明らかにするのみならず、引き揚げ者の引き揚げ後の生活問題、そして終戦直後の八重山の状況までをあぶりだすものであり、優秀なドキュメントである。戦後の八重山史の一頁を明らかにしようとする意欲的な作品であり、高く評価できる。
 著者は、移住や疎開で台湾で生活した八重山人の台湾引き上げを巡る問題について、戦後の石垣市で行政マンとして活躍し、退職後は八重山の歴史・文化の研究家として大きな業績を残した牧野清が残した資料「牧野清コレクション」中の「台湾帰還関係雑書 第一綴 第二綴(八重山総体本部)」(以下、「牧野資料」と略称)を主要資料として究明しようとした。牧野が八重山出身台湾居住者の戦後引き揚げの要路にあったことからすれば、もっともな着眼であったといえる。その牧野資料を丹念にめくることによって、終戦直後の台湾における八重山出身者がどのような状況に置かれていたか、そして、八重山帰還をどれほど切望していたかを先ずは明らかにする。その人々の八重山帰還にかける切望の実現のために牧野ら指導者が、如何にして隘路をきりひらいていったか。それを著者は牧野資料の引用によって明らかにするのである。これまであまり知られてこなかった、八重山帰還の先陣が直接八重山に帰ったのではなく、宮古に幾日も留め置かれ、自力で用船して帰還を果たしたことなども明らかにしている。そして、この苦い経験から、牧野らに率いられた八重山帰還の第3隊の人々が直接石垣港に入れるように、人脈を活かして台湾気象台から東京の気象台へ打電し、そしてそこから石垣島測候所を経て八重山の人々に入港の連絡を入れ、これを実現したことも明らかにしている。このところなど感動的である。
 こうして実現した八重山帰還であったが、台湾から引き揚げた人々が携えた銀行券が通用せず、しかも交換さえも拒絶されるという、思いもしない困難が人々を待っていた。この危機的状況を打開するために、牧野らは運動しつづければならなかったが、その相手は琉球列島を支配しているアメリカ軍政府であった。まさにこれなど、知られざる戦後史というべきで、戦禍というものがいかに大きく、かつ長く人々を苦しめるものであるかを知らしめる。この問題は結局、アメリカ軍政府からの物資の配給によって帰還者の不利益を補おうとする施策が採られ、帰還者の救済が図られたことを書いている。
 この問題とからんで、著者は、戦後の八重山の社会・経済的状況がどのようなものであったかについても視線を及ぼしている。八重山支庁は1945年12月29日、「日本紙幣認印制」という「八重山独自の通貨政策を採用する」。この「認印制」について著者は「目的は二つあった。ひとつは、台湾や日本本土からの引き揚げ者によって持ち込まれる旧日本銀行券の膨張に歯止めをかけ、物価の安定を図ること。もうひとつは、この『現金通貨』に課税し、八重山の『戦後』復興に当てること」とするが、さらに、米軍政府による「『慶良間列島経済実験』の中の『通貨の使用可能性』についての実験を、ここ、八重山でも試みようとしたのである。だから『日本紙幣認印制』を認めたのである」と新たな見解を示している。
 これについては、当然異論もある。著者も引く宮良長詳八重山支庁長は「ここに新構想にもとづく財政計画を建てなければ収入の方途は見いだせなかった、これが即ち資産税である」と述べているが、これと米軍政府の「慶良間列島経済実験」どのようにからむものか。「日本紙幣認印制」と米軍政府の「慶良間列島経済実験」の結びつきを実証する仕事が残されている。
 さて、本著作を一読して気がつくことは引用の多さである。しかも長文である。これには功罪二面がある。功の方は、ドキュメントの全体を把握することができるという点。罪の方は、ドキュメントが生のままで提示されただけで、これに対する著者の分析や立場が明確に示されないで終わっている点である。この点を如何に評価するかは本著作の評価の分かれ目になるだろう。著者は、牧野資料を主な資料として引用するが、牧野資料は未公刊資料である。著者の引用によって初めてこの資料の伝える事実に触れる人は多いだろう。このことを思うと、資料の全文引用も許容されるだろうか。いずれにせよ、ドキュメンタリーの著述者としての著者の立場からの資料の分析、評価などを細かく示せば、より質の高い著作となるのは言を俟たないはずである。
 戦後も75年を迎え、「台湾引き揚げ」そのものを知らない世代が社会の中核を背負うようになってきている現在、本著作は、何故この問題が生じたのかを伝える力になろう。一般の読者がこの問題について考え、ひいてはその背景となったより大きな問題を考える上でも、関係年表や写真資料、用語の説明(例えば、LST船)などがあれば良かったと思う。また、八重山の各市町村別の内訳や最終帰還先内訳とそこでの生活状況、宮古や沖縄諸島の帰還者との比較なども今後明らかにすれば、より厚みのある著作になるだろう。これらを整えて公刊されることを期待したい。
以上の観点から本著作を今年度の「やいま文化大賞」受賞作として決定した。

参考
【本著作の構成】

・はしがき 敗戦と台湾からの引き揚げ
・Ⅰ 台湾からの引き揚げ
・Ⅱ 八重山の生活状況
・Ⅲ 石垣島での生活の苦闘
・あとがき